研究紹介

Research

研究紹介

浜松医科大学皮膚科は伝統的に研究活動を重視しています。スタッフは全員独自のテーマをもち研究を展開しています。
臨床から生まれる素朴な疑問、難治性疾患に対する新規治療法開発など、臨床に根ざした研究テーマを強く意識しています。指導教官とのディスカッション、および週に一度の全体でのリサーチカンファレンスでのディスカッションを通し、得られたデータと方向性を徹底的に議論します。実臨床で患者さんのお役に立てる研究成果を出すことを目標として、日々研究を進めています。
大学院で研究に触れて研究的思考を学ぶことは、その後の臨床にも大いに還元されるため、医局員には大学院への進学を積極的に奨励しています。
以下に、現在進行している代表的研究テーマを紹介します。

アトピー性皮膚炎の病態解明

アトピー性皮膚炎は、世界でも最も頻度の高い慢性炎症性皮膚疾患の1つで、日本では10%前後の方が罹患していると言われています。皮膚炎、痒み、乾燥を主症状とし、特に強い痒みにより患者さんのQOLは大きく損なわれています。近年アトピー性皮膚炎の病態理解は大きく進歩し、様々な新薬が開発され、それらは従来にはない、大きな治療効果を発揮しています。しかし一方で、それら治療薬をもってしても、未だ根治的な治癒にまでは至らない現状です。すなわち、アトピー性皮膚炎の病態解明はさらに進める必要があります。
我々は、主に免疫学の観点からアトピー性皮膚炎の病態研究をすすめています。例えば、免疫細胞の一種であるT細胞は炎症性サイトカインの産生によりアトピー性皮膚炎の病態形成に大きな役割を果たしていますが、我々はアトピー性皮膚炎病変部のT細胞がどこで、どのように活性化しているのか、その活性化機構・活性化制御機構の解析を行なっています。研究を進めることで、アトピー性皮膚炎の病態形成メカニズムの解明だけでなく、画期的な治療法開発へつなげていきたいと考えています。

  • アトピー性皮膚炎の病態シェーマ Honda, Journal of Allergy and Clinical Immunology 2020
アトピー性皮膚炎の病態シェーマ
Honda, Journal of Allergy and Clinical Immunology 2020
  • アトピー性皮膚炎病変部T細胞の免疫染色
アトピー性皮膚炎病変部T細胞の免疫染色

脱毛症

円形脱毛症(alopecia areata:AA)は世界人口の0.1~0.2%が罹患している頻度の高い慢性難治性皮膚疾患です。部分的な脱毛にとどまるものから、全身の体毛が消失するものまでその程度は様々ですが、頭髪(体毛)という目に見える部分の障害であることから、患者の苦痛は極めて高く、生活の質 (QOL)は著しく低下しています。しかし、その病態は完全には明らかでなく、種々の治療に抵抗性を示す難治な症例も適切な病勢の確認、予後の予測による新たな治療法の確立が急務です。AAの病態にはIFN-γが深く関わっていると考えられており、AA病変部では細胞傷害性T細胞上に発現するNKG2Dと毛包上皮細胞上に発現するNKG2DのリガンドであるMHCクラス1関連分子MICAが結合することでCTLが活性化し、IFN-γの産生が亢進すると考えられています。NKG2D分子と円形脱毛症の関係性について世界で初めて報告したのは、伊藤泰介准教授がドイツ留学中に出した論文です(Am J Pathol 2008)。我々の知見では、AA患者では、病変部および末梢血中のNKG2D+CD8+T細胞数が増多していることを見出しています。一方、MICAに関しては、AA病変部における毛包上皮での高発現が報告されています。現在、我々は、AA患者さんの病気の勢いをみるマーカー(バイオマーカー)を検討しています。またそこをヒントに、治療薬への発展ができないか模索しています。
円形脱毛症は範囲が拡大すると難治性となりあらゆる治療に抵抗性を示します。これはなぜなのか、我々は慢性化した状態での、ある免疫細胞に着目して慢性化、難治化の状態を解明することも検討しています。
今後の新たな治療法として期待されているのが、JAK阻害薬です。これは我々をふくむ円形脱毛症の研究によってIFN-γやIL-15が病態形成の重要なサイトカインであることがわかり、開発された治療方法です。このように基礎研究が患者さんのためになる臨床医だからこそ見出せる着眼点をもとに、さらなる研究の展開を考えています。

円形脱毛症の病態
  • 円形脱毛症の病態1
  • 円形脱毛症の病態2

皮膚リンパ腫研究

1. フローサイトメトリーによるリンパ腫表面形質解析

皮膚リンパ腫は、皮膚病変の病理組織学的・免疫組織学的所見のみでは診断が困難な症例が多く存在します。我々は、末梢血、皮膚腫瘤性病変から得られた腫瘍細胞に対してフローサイトメトリー解析を実施しています。特に皮膚T細胞リンパ腫に関する詳細な表面形質解析は、皮膚T細胞サブセットからみた腫瘍細胞の起源、病態生理を考える上でも重要となります(図1)。

図1: フローサイトメトリーによる皮膚リンパ腫の表面形質解析
  • CD8+ 菌状息肉症に対する皮膚腫瘤を用いたフローサイトメトリー解析

    フローサイトメトリーによる皮膚リンパ腫の表面形質解析1
  • (Ishikawa Y et al. J Dermatol 2021)
  • 皮膚および末梢血のATL 腫瘍細胞がCD103陽性のいわゆるresident memory T-cellの表面形質を有した症例

    フローサイトメトリーによる皮膚リンパ腫の表面形質解析2
  • (Kurihara K et al. J Dermatol 2020)

2. 菌状息肉症/セザリー症候群の進展における分子制御機構

進行期菌状息肉症あるいはセザリー症候群において、JAK1/JAK3/STAT3/STAT5Bのsomatic gain-of-function mutationは高頻度に認められており、本疾患群の進展様式に重要な役割を果たしています。裏を返せば、JAK/STATシグナル伝達機構を標的とした治療薬は、本疾患群の新規治療薬としての可能性を持つとも言えます。皮膚生検組織、患者抽出腫瘍細胞、皮膚T細胞リンパ腫細胞株を用いて研究を進めています。

3. 成人T細胞白血病/リンパ腫およびHTLV-1

成人T細胞白血病/リンパ腫に関しては、患者抽出腫瘍細胞における重要な免疫関連マーカー(CCR4、CTLA-4、PD-1)について解析しています。またHTLV-1に関しては、樹状細胞を介するウイルスの伝播機構について研究を進めています(図2)。

図2
  • iDC + MT-2 1

皮膚免疫と細菌叢の制御機構と炎症疾患への関わり

皮膚は常在細菌叢と免疫細胞が攻防を繰り広げる生体最外層の免疫バリアです。特に、毛嚢は免疫細胞、細菌叢および幹細胞が交差するニッシェであり、宿主と微生物の共生を可能にするメカニズムが存在することが予想されます。また、この共生関係は定常状態だけでなく、炎症時にも維持されなければなりません。私たちは、膜通過型蛋白分解酵素であるADAM10は毛嚢の発生に必要であり、細菌毒素の受容体として宿主免疫に貢献することから、ADAM10が毛嚢細菌叢の制御に関わっていることを予想しました。また、ウィルス感染ではI型インターフェロン(IFN)が宿主免疫を活性化させる一方で、全身性エリテマトーデスや脱毛症などの自己免疫疾患を誘発することから、ウィルス免疫発動時の毛嚢細胞におけるADAM10の役割、毛嚢細菌叢変化との関係性、組織恒常性の制御メカニズムを明らかにするために、I型IFN反応性の毛嚢上部の細胞からADAM10を誘導欠失させたマウスモデルを中心に解析を行いました。
その結果、1)I型IFN反応性の毛嚢上部細胞はADAM10-Notchシグナリングを介して抗菌ペプチドのβ-defensin-6を産生し、毛嚢細菌叢を制御していること、2)これらの細胞からADAM10を欠失させたところ、毛嚢細菌叢がコリネバクテリウム属に支配されること、3)その結果、自然リンパ球であるILC2が炎症を惹起し、毛嚢の細胞死が誘導されること、4)最終的には幹細胞領域であるバルジが失われることにより、不可逆性の脱毛が起きること、を示しました。すなわち、宿主と微生物の共生にはADAM10-Notchシグナリングが重要であり、これらが阻害されることにより、その共生関係が破綻し、幹細胞維持に支障をきたすことを明らかにしました。これらの知見は炎症下における組織の恒常性を維持するために重要なメカニズムであるとともに、瘢痕性脱毛症における病態への理解を深めるものだと考えています (Sakamoto et al, Immunity, 2021)。
私たちは今後、瘢痕性脱毛症に加え、アトピー性皮膚炎や乾癬などの炎症性皮膚において、どのようにILCとT細胞が関わっているのかを解析し、新たな治療標的を見つけていきたいと考えています。

  • 皮膚免疫と細菌叢の制御機構と炎症疾患への関わり

乾癬の皮膚浸潤T細胞の解析

乾癬は、代表的な炎症性角化症です。IL-17、IL-23、TNF-α等のサイトカインに対する抗体製剤を投与することで、症状は劇的に改善しますが、治療薬は高価で投与を中止すると再発することが多く、臨床的に大きな課題となっています。再発は、過去に皮疹のあった部位に一致して起こりやすいことが知られており、この現象は、皮膚レジデントメモリーT細胞(TRM)の作用で説明されています。TRMは長期にわたって皮膚に定住し、生理的には免疫監視や早期の免疫応答に関わっています。乾癬病変部では、疾患に関連したTRMが存在し、これが活性化することで、乾癬再発に関わっていると考えられています。私達は、乾癬の病変部や健常部のTRMの性質や、治療の前後でのTRMの変化を調べています。

治療前後の皮膚のT細胞(TRM)の機能解析
  • 皮膚免疫と細菌叢の制御機構と炎症疾患への関わり
  • 皮膚免疫と細菌叢の制御機構と炎症疾患への関わり
Fujiyama T et al. JID,2020

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